愛は真実も語らない、悲しきセフレの事実

ポリアモリーの誕生はセフレからきているといわれています。一人の人と親密な関係になることを好まずに、たくさんの異性と親密な関係にあることを好む人がまずはセフレという意味の言葉が当てはまるような異性を探すようになります。しかしセフレとポリアモリーの考え方で大きく違うことは、そこに恋愛感情が芽生えているのかどうかということ、そして恋愛感情をもとにすべての人間がその関係性を認めている必要があることから、この言葉の意味を実現化することは極めて難しいとされていて、セフレ関係である異性とは切り離された存在のことばでもあります。

人は、常に自分を中心的に考える生き物です。どこに行っても愛されていることを実感していたいもので、できることならそれぞれの思いを尊重することに恋愛感情の意味をなすものですが、セフレという関係にはどんな感情があるのかということを考えると、まさにポリアモリーを理解するよりも難しいことがわかります。

セフレと言えば必ずだれもが、セックスをするためだけの友人であることを想像するでしょう。確かに、その通りですがそこにまったくの感情がないわけではなくむしろ女性のほうが男性に強い意識を持っていなければセフレという関係が成立することはありません。相手に恋人がいても、恋愛感情を抱いている男性からカラダを求められることに抵抗を感じず、さらにはそこに喜びを感じる女性がいることは確かであり、そこに自分の欲望を上乗せするかのように男性は女性に群がるのです。きっと恋人として女性を見ることができず、女性というのは単なるセックスの対象であるとしか価値を見出すことができない男性ほどセフレという関係に持ち込もうとするのです。

女性は簡単にカラダを許そうとする人と、かたくなにガードを守ろうとする人がいるといいますがそのほとんどが前者ではないでしょうか?よほどその男性のことを受け入れることができないことが前提でない限りは、カラダを許してしまい、その関係がズルズル引きずることになり気がついた時には女性のほうが男性に対して恋愛感情を持ってしまっていたというのが女性の心をズタズタにする要素にもなるのです。

しかしこれらの行為はすべて本人が決めていることであり、男性のほうに100%の非があるとは限りません。今現在、セフレからややこしくてさらに面倒なことを言われている男性は、ただちにきっぱりとセフレという関係である事実を述べてあげたほうが、本人のためにもなります。誘えばいつでもヤらせてくれるといった軽い気持ちでできるからこそセフレという関係性を選んだのであればこそ、相手の女性に理解させることもまた一つのセフレルールとなるでしょう。